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榊(さかき)について

更新日:2022年4月25日

光雲神社境内には「榊」が植えられています。


この「榊」は神社の神事には欠かせないものです。



神道ではあらゆるものに神や魂が宿ると考えます。


1年を通して緑の葉をつける常緑樹の「榊」は神の恩恵を受ける植物として、「栄える木」「栄木(さかき)」と呼ばれ神聖視されてきました。




また古来より日本では、植物や先端が尖ったものには、神様の力が宿ると考えられ、その点においても「榊」は「神様の依り代」としての役割もあり、文字通り「神の木」と言えます。


神社では「榊」に「紙垂(しで)」と呼ばれる紙を付けて「玉串(たまぐし)」として神前に奉納します。


「神の木」を奉納することで、「災い」や「穢れ」から身を守ってもらえると考えられてきました。






「古事記」にも記録のある神話の木

◆榊、玉串の由来について


その起源は天岩戸(あまのいわと)の神話にあり、『古事記』には、天岩戸の中に隠れたアマテラスを外に連れ出すために、高天原の神々が「榊」の枝に玉や鏡、和幣などで飾り立てて祈願したことが記載されています。


<以下、『古事記』の天岩戸部分の現代語訳>

アマテラスが岩戸に籠ると高天原は全て暗くなり、葦原中国(あしはらのなかつくに)もことごとく闇に包まれた。

これによりて常夜(とこよ)が続くことになった。

そして萬の神々の騒ぐ声は蠅の羽音のように辺りに充満し、萬の災いがことごとく起こった。

是を以て八百万の神々が、天の安の河に神集いに集いて、タカミムスビ(高御産巣日)神の子、オモヒカネノカミ(思金神)に考えさせて、トコヨノナガナキドリ(常世長鳴鳥)を集めて鳴かせ、天の安の河の川上にある堅石(かたしは)を取り、天の金山の鉄(まがね)を採って、鍛冶職人(かぬち)のアマツマラ(天津麻羅)を捜し求めて、イシコリドメ(伊斯許理度売命)に命じて鏡を作らせ、タマオヤノミコト(玉祖命)に命じて八尺の勾玉(やさかのまがたま)にて五百津(いおつ)のみすまるの珠(多くの長い緒に通して作った玉飾り)を作らせ、アメノコヤネノミコト(天児屋命)、フトダマノミコト(布刀玉命)を呼んで、天の香山の真男鹿(まおしか)の肩の骨を抜き取り、天の香山のははか(かには桜の木)を取って、その肩骨を灼いて占わせ、天の香山の五百津真賢木(いおつまさかき)を根こそぎ掘り起こしてきて、上の枝には八尺の勾玉を五百津のみすまるの珠にし取り付け、中の枝には八尺鏡(やたかがみ)を取り掛け、下の枝には楮(こうぞ)の白い幣帛と麻の青い幣帛を垂れかけ、これら種々の物は、フトダマノミコトが神聖な御幣として捧げ持ち、アメノコヤネノミコトは神聖な祝詞を唱えて寿ぎ申し、アメノタヂカラオノカミ(天手力男神)は岩戸の脇に隠れて立ち、アメノウズメノミコト(天宇受売命)は天の香山の日蔭鬘(ひかげかずら)を襷たすきにかけ、天の真拆(まさかき)を葛(かずら)髪飾りとして、天の香山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の石屋戸(いわやと)の前に桶を伏せてこれを踏み鳴らし、神がかりして乳房を掻き出し、裳(も)の緒を女陰まで押し垂らした。

すると、高天原がどよめいて八百万の神々が騒ぎ笑った。



このように、『古事記』の神話においても「五百津真賢木(いおつまさかき)」として岩戸の前でアメノフトダマが持ち捧げたものが「真賢木(榊)」と記載があり、アメノウズメが頭に被ったのも「天の真拆(まさかき)」とされ、常緑樹一般を意味するともいわれますが「榊」が神道において神聖視される由縁でもあります。



また「さかき」という読みは、前述の「栄える木」の他に、「神様と人の境にある木」という意味で『境木(さかいき)』という言葉から転じたと言われています。


また、木へんに神と書く「榊」ですが、これは中国大陸から渡ってきた漢字ではなく、日本で生まれた「国字」です。

それだけ日本人にとって重要な植物であるといえるでしょう。


榊の花言葉は、「控え目な美点」「揺るがない」「神を尊ぶ」。


日本人の心を現している木と言っても過言ではないですね。






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