日本神話に登場する月と夜を司る神ツクヨミは、イザナギが禊(みそぎ)をした際に、右目を洗った時に生まれた神です。
禊とは清流で穢(けが)れを洗い流す神聖な行為で、同じように生まれた神々として左目を洗った際に産まれたアマテラス、鼻を洗った際に産まれた荒神スサノオがいて、この三柱は特に尊い神として三貴子(さんきし)と呼ばれています。
目次
記紀神話において
妻イザナミに追われ、死者のいる黄泉の国から逃げ帰ってきたイザナキが、清流につかり黄泉の穢れを祓う禊(みそぎ)をします。
この時に顔を洗うと右目からツクヨミが生まれました。
同時に左目を洗った時に生まれたアマテラスは太陽の神で、鼻を洗った時に産まれたスサノオは海原と嵐の神。
そしてツクヨミは前述の通り夜の神、月の神、占いの神、暦の神と呼ばれ、その支配領域は、天や海に限定されず広い範囲に及ぶといい、大陸の神様になったという説や井戸の中に映る月を神格化した神様、あるいは生命の源泉である水や不老不死の生命力とも関係が深い神とされます。
ツクヨミの「ヨミ」は「黄泉」の意味ともされ、冥府の神であるという伝承もあり、他にも食の神ウケモチを斬り、五穀の起源を成したことから農耕神であるなど謎めいた神様です。
ツクヨミ(月読)という「月を読む」の名前から暦との関係も深い神様で、昔の暦は月が満ち欠けする月齢と連動していた太陰暦。このため神社に末日(晦日)、朔日(一日)、十五日に参拝する月参りの習慣ができました。その月(暦)を神格化したのがツクヨミ。
ツクヨミ(月夜見)とも書き、夜を支配する偉大な神の側面を表し、『日本書紀』では「その輝きは日に次ぐ美しさなので、日と並んで統治すべしと天へ送られた」と記され、太陽と比肩しうる月の神とされます。
ツクヨミは『記紀』神話にはあまり登場せず、わずかに『日本書紀』第五段第十一の一書で、穀物の起源に記されるぐらいです。
また悪事を働く者に「お天道様が見ているからバチが当たる」と昔から言いますが、お天道様(太陽)が出ていない時、即ち夜は「月夜見様が見ているからバチが当たる」となり、どんな暗闇でも見通す力を「月夜を見る」という表記からも推測できます。
なお、伊勢神宮の外宮である豊受大神宮(三重県伊勢市)と、その別宮である月夜見宮(三重県伊勢市)は細長い道で繋がっていて、ツクヨミは夜になると石垣の石を白馬に変えて豊受大神宮のトヨウケヒメのもとへ通うという伝説から、この細道を「神路通り(かみぢどおり)」と呼び、この道はツクヨミの通り道とされ、神路通りの中央を歩くことを避ける人も多いそうです。
『日本書紀』では食物神ウケモチノカミを斬り殺す穀物起源神話に登場しますが、『古事記』において同様の行為をしたのはスサノオであり、ツクヨミとスサノオが同じ荒神の性質を見せています。
ツクヨミは姉のアマテラスの使いでウケモチノカミを訪ねます。
喜んで迎えたウケモチノカミは、口から吐き出したさまざまな食物でもてなしました。
しかし、それを見たツクヨミ神は「汚らわしい」と激怒し、ウケモチノカミを斬り殺してしまいます。
このツクヨミの乱暴な行為にアマテラスが怒り、二柱が不仲になったため、永久に昼と夜が分かれるようになったとされます。
アマテラスがウケモチの所にアメノクマヒトを遣すとウケモチノカミは死んでおり、ウケモチの頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生まれていました。
アマテラスは喜び、民が生活していく上で必要な食物として、これらを田畑の種としたという穀物起源のお話です。
このエピソードは『古事記』に記されるスサノオ尊とオオゲツヒメとの間で起こった出来事と類似しているため、ツクヨミとスサノオは同一神という説もあるようです。
ツクヨミの神名が表す意味とは?
ツクヨミの原義は、上代仮名では日月を数える「読み」から来たもので、「月を読む」ことから「暦(こよみ)」の意味を強く持っていると言えます。
1月、2月という月日の数え方にもその名残があるように、暦は月の満ち欠けや運行が基準として用いられています。
歴史的にも月を用いた太陰暦の方が、現在広く使われている太陽暦よりも歴史が古く、月と暦の関係は非常に深いもので、とくに女性にとっては太陰暦の方が体のバイオリズムに合う人も多くいるでしょう。
農耕民族にとって月という存在は更に重要で、古くより農民は日と月の巡りを数えることにより、四季の変わり目を知り、農作業の区切り目としていました。
いつ頃に田を耕し、いつ頃に種を蒔けばいいのかを知らせてくれる月。
古代の農民は敬虔な気持ちを抱き、月に対する信仰も人々の生活の中で大きな位置を占めていたはずです。
黄泉の国の神
ツクヨミは夜や月を司るだけではなく海を支配するともいわれ、水や不老不死の生命力とも関係が深い神とされます。
『古事記』では父神のイザナギから「夜の食国を治めよ」と命じられとあります。
これは天皇へ献上するお召し上がり物を献上する国の事ですが、すなわち統治領域でありこの場合でいうと月の照らし支配する広大な領域で、陸地はもちろん海原も含むものであると捉える事が出来ます。
実際に古くから海の神を祀る神社にはツクヨミが祭神として祀られています。
おそらく、月の引力が潮の満ち引きと関係することから、海を支配する神として海の民に信仰されていたのでしょう。
古来、月は生命と死と再生に関係づけられることが多く、たとえば月が欠けることは「死の起源」とされたり、月の満ち欠けは生と死の反復と考えられ、ツクヨミは黄泉の国の神という側面も信仰されてきました。
月と不老不死、回春(春が巡ってくるという意味)を結びつけることは、世界的な信仰としても広がっています。
それが生命の源泉である水と結びつき、日本では古くから月神が若返りの水をもたらすという信仰が生まれています。
現在でも月の霊力を不老不死や回春と結びつける信仰が生活習俗の中に残っており、その代表的なものが「お正月の若水汲み」です。
若水というのは元旦の朝に汲む水のことで、その水には新しい生命力が満ちていると考えられています。
この水を神に供えたり、家族の食事に使うことで、身も心も清め、新しい年の新鮮な活力を授かるとされます。
また、「月」は日本人には古来から大切な存在で、和歌などでは「太陽」よりも「月」を読んだ歌が多く、夜な夜な空を見上げては「月」の存在の有難さ、夜を彩る風流な佇まいに心を動かされてきたのです。
日本最古の和歌集『万葉集』にも「月読」の神名が登場します。
アマテラスが「陽」ならば、ツクヨミは「陰」となり、夜の闇に光を届け、海の航海をそっと見守り人々を導くありがたい存在です。
決して表立って活躍はしないが、なくてはならない存在が「月」。
さりげなく闇を照らし出し独特の風情を感じる月夜は、昔から人々の心を引き寄せる魅力があるようです。
ツクヨミ イラスト:アートモチダダイスケ
ツクヨミの相関図
【神格】
月の神
夜の神
夜の食国神
農耕神
占いの神
海の神
漁業の神
黄泉の神
【御神徳】
海上安全
農業豊作
五穀豊穣
諸願成就
航海安全
【別名】
月夜見命(つきよみのみこと)
月読神
月弓尊(つきゆみのみこと) 月神(つきがみ) 月讀尊(つくよみのみこと) 月讀壮士(つきよみおとこ) 月人壮士(つきひとおとこ) 月読大神(つきよみおおかみ)
【系譜】
父 イザナギ
三貴子(イザナギ自身が自らの生んだ諸神の中で最も貴いとしたアマテラスを含む三姉弟の神)
弟 スサノオ
姉 アマテラス
【お祀りする神社】
月崎神社(北海道松前郡福島町)
月夜見神社(青森県つがる市木造町)
月山神社(秋田県横手市増田町)
月山神社(岩手県陸前高田市気仙町)
月山神社(山形県東田川郡庄内町)
羽田神社(宮城県気仙沼市)
月宮神社(福島県伊達市月舘町)
月読神社(茨城県つくば市)
一之宮貫前神社(月読神社)(群馬県富岡市)
賀蘇山神社(栃木県鹿沼市)
月読神社(千葉県山武郡九十九里町)
月讀社(埼玉県さいたま市)
阿佐ヶ谷神明宮(東京都杉並区)
月読神社(神奈川県川崎市麻生区)
風巻神社(新潟県上越市三和区)
月読社(富山県富山市月岡町)
月読神社(石川県小松市桂町)
大月神社(福井県小浜市)
日月神社(山梨県上野原市)
大伴神社(長野県佐久市)
光月神社(静岡県浜松市北区)
月読神社(愛知県蒲郡市平田町)
伊勢皇太神宮内・月読宮(三重県伊勢市中村町)
伊勢神宮豊受大神宮別宮(三重県伊勢市宮後)
松尾大社・月読神社(京都府京都市西京区)
大依羅神社(大阪府大阪市住吉区)
岩屋神社(兵庫県明石市材木町)
日出神社(出月宮)(和歌山県西牟婁郡白浜町)
赤倉神社(鳥取県八頭郡八頭町)
六所神社(島根県松江市大草町)
古川神社(岡山県苫田郡鏡野町)
永田神社(山口県下関市永田本町)
西照神社(徳島県美馬市脇町西大谷)
粟井神社(香川県観音寺市粟井町)
五明神社(愛媛県松山市神次郎町)
月山神社(高知県幡多郡大月町)
月讀神社(福岡県久留米市田主丸町)
飯盛神社西王子社(福岡県福岡市西区)
彦嶽宮(中宮)(熊本県山鹿市)
月読神社(長崎県壱岐市芦辺町)
西寒田神社(大分県大分市)
行縢神社(宮崎県延岡市行縢町)
月讀神社(鹿児島市桜島横山町)
その他各地の月山神社・月読社・月読宮など
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